「花岡物語」からの手紙/こもだまり


『花岡物語』(作・昭和精吾)
日時=1998/05/08
会場=深川江戸資料館
出演=昭和精吾、斎藤小百合



Aへ

1998/05/09


昨日は昭和さんの公演で、岩手県から修学旅行に来た中学生250人に『花岡ものがたり』を見せた。鹿島組のやった、中国人強制労働事件の話なんだ けど、昭和さんが全編書いたもの。滝平二郎の版画30枚と、満州の写真などを映しながら1時間ほど昭和さんが座ったまま語り続ける。これが話も怖いし、版画も怖いし、昭和さんも鬼気迫っていて、むっちゃ怖いので、夜8時からこんな舞台観た中学生は宿舎で怖い夢見たに違いない...。かわいそう。

この戯曲の本編は、手紙なんだよ。吹雪の日に、分厚い手紙が秋田県の鎌田家に届く。鎌田富蔵少将(主人公の父親)宛の中国人・李奉春(り・ほうしゅん)からの手紙。奉春は15歳までお姉さんと二人で満州国で鎌田家に奉公していたけれど、戦争になって日本軍の捕虜になり、秋田の花岡鉱山につれて行かれて強制労働させられた人。あんまり酷いので中国人みんなで蜂起したんだけれど、失敗するの。それで逃げて倒れてたところを見つけて終戦までかくまってくれたのが、なんと満州でもお世話になっていた鎌田富蔵少将の奥さんだった、という話。

80%はその強制労働の話で、拷問とか殴る蹴るとか、死体とか、白黒の版画で余計に怖いスライドと一緒に進む。何がすごいって昭和さんだよ。1時間、座ったままでその歴史を語るだけ。台詞の量もすんごいし、なによりすごいのはそれで舞台をもたすんだから。そのうえ、手紙を受け取るところまでは「鎌田富蔵少将の息子」という役を演じていて、(手紙を読み始めると、よく書いた本人の声がクロスしてくるでしょう、あの手法を自分ひとりでやるの)読み始めてからは声だけで「李奉春」になってしまう。衣装も一切変わらない。けどすごい説得力。あのひとの声の力だなあ。

最後まで読むと「鎌田富蔵の息子」に戻ってのラストシーンがあるんだけど、リアルだった。手紙を読んでる時も、昭和さんが労働させられた本人(中国人)かと錯覚するくらい、リアルだった。昨日のラストシーンはもう、どっちだか分からないような状態になってそれもとてもリアルで、今まで何度も上演してるのにこんなのは初めてで涙が止まらなかった。昭和さんも泣いていた。カーテンコールでは昭和さんに戻ってニコニコしてあいさつしたから余計に際立った。

昭和さんが美しいのは、その迷いのなさだ。舞台での一言一言、動きのすべてに理由がある。というか、そう見える、ってことかもしれない。それがリアルってことだ。わかりやすく言えばなりきってる。昭和さんの身体は容れ物で、そこに役柄がすっぽり入ってくる感じ。今気付いたけど、これは能の「移り舞」が(『はなひら』でやった、相手を思っているうちに乗り移ったようになるやつ)一瞬で起きてるんだ。たぶん本人は「移り舞」という言葉ではおもってないけど、それを企画してるのは、書いた段階から明らか。だってひとり芝居だもん。

それからもうひとつ、昨日は強烈に「この公演は全部昭和さんのものだ」と思った。ひとりきりですべてやってるんだと。私達は手伝ってるだけなんだ。 昭和さんは昔、本番中に倒れたことがあった。昨日ゲネの最中にしゃべり続けてた昭和さんが急につかえて、黙った。みんな昔の事は知ってるから黙って待つ。すこし戻って続ける。ほっとする。また同じところで詰まる。また待つ。だいぶ経って「ちょっとストップして」という。音も明かりも止める。「さゆり、水と薬持ってきて」舞台袖に言って、もらった薬を飲んで、深呼吸する。首をまわす。その、全部のスタッフを待たせている昭和さんを見て、思った。「この公演は全部昭和さんのものだ」「だから昭和さんがつらかったらやめたって誰も文句言わないんだ」。というより、休ませたかった。死ぬんじゃないかと思った。スライドの映写室から出て行こうと気ばかり焦って、折り畳み椅子に足を挟んでしまった。トラップにかかったウサギの気分を味わった。右足のくるぶしはまだ痛い。それでも昭和さんは「じゃあ”第一の班”のところから行くよ、いい?」と始めようとするので、すぐ音響も照明もスライドもスタンバイした。

みんな「昭和さんの」公演を手伝ってる人たち。「これは昭和さんの公演だ」と気付いたら余計に、失敗できない、いいオペをしたいと思った。役に立ちたいと思った。私は、その人のために何かしてあげたいと思うのが好きってことだと思ってる。あの人に関してもそれは同じで、何でかわからないけど何かできることはないかといつも気になる。だから口出ししたくなる。私も口出ししてくれる人をありがたいと思わなくちゃいけない。ついうるさいと思っちゃうけど、まちがってるよなあ。


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註)「はなひら」 =こもだの所属する企画レーベル「Inter/Artists/Label/【gold】」の演劇公演で上演した戯曲(横田創・作)。謡曲「井筒」に代表される、移り舞の手法で書かれている。