TEXT:水木しげる『カランコロン漂泊記 ~思い出す人々』(ビックコミック連載)より

「仮面劇」 水木しげる



寺山修司という人がいた。

ある日、灰色の服を着た、顔色の悪い上に姿勢も悪い男が、ニヤニヤしながら僕の家の前に来た。
「水木さんですか」と言う。ものすごくなれなれしく、昔からの友人みたいな感じだった。
「もうちょっと大きい家かと思ってたんですが・・・」などと独り言みたいに言う。
「ま、中に入ってください」と言うと、
「ボク鬼太郎好きなんです」
あと何の話をしたか忘れてしまったが、彼は天から降ってきたかのように突如として現れたのだ。

その後もよく、本とか劇場の入場券を送ってきたりしていた。
こんなに送って来るんだから、一度は行かねばと思っていたが、その頃週刊誌をやっていたから、徹夜しないと時間なんか無い。「運命」というやつだろう。

それでもある日招待券を持って会場に行くと、階段の手すりを鉄の棒みたいなものでカンカン叩いている。いつまでも叩いているので、これは別のところへ来たのかなァ、と思っているとパッとドアが開いたので、客は全員なだれ込んだが、中では芝居が始まっており、知らない間に観客は劇中の「もの」として使われていたようだ。

ジュリアス・シーザー、という人が作曲した音楽は大いに気に入った。 ボクはそれを録音して、なんと半年の間、毎日聴いた。

芝居もとても面白く、大いに満足して帰った。


それから間もなく、寺山修司は、座員を六、七人伴って自宅に現れた。何の用事だろうと思っていると、
「仮面劇をやるので、水木さんに顔を描いて欲しいのです」
という話だった。
「どのくらい」「二万円です」「いや数です」「二十個です」
といってその劇の説明がひとしきりあったわけだけど、ボクは週刊誌の締め切りで頭が一杯だから、聞いても頭に入らない。
というよりも締め切りの時間が来ていたので、実を言うと話を聞くのも苦しかった。
断るわけにもいかないので、二十ばかりナマケながら描いて十日ばかりして渡した。

それから間もなくマスコミに寺山氏ののぞき見の話が出ていたので驚いた。
寺山氏はいろいろ言われるが、面白いものを作る人で、ボクは好きだった。彼の顔の色が悪いのは、肝臓が悪いからだといっていた。

どうもあの「仮面劇」は公開されなかったようだ。
二十個の仮面を渡してから間もなく彼に死が訪れるとは、夢にも思わなかった。
あの「仮面劇」の顔を、もう少し熱心にやっていたらと、今でも悔やまれる。



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