TEXT:九條今日子『ムッシュウ・寺山修司』(ちくま文庫)より

「ラブレター・第八信」 九條今日子


<第八信>

 きみは多分、もう眠っている。
 この手紙を渡すときのことをひとりで考えながらぼくはにやにやしている。
「いいかい。この手紙は将来すごく価がはるんだ」
「どうして?」
「文豪の書簡ってやつは一枚何万円もする」
「へえ」ときみは驚く。
「大体ね、ぼくの原稿は、週刊誌なら一枚三千円するんだからね。これだけで、ざっと・・・・・」
「そんなミミっちいこと言いながらくれる手紙ならいらないわ」
「いらない?」
「いらないわよ」
 ぼくはくさる。折角かいたんだからせめて読んでくれよ。するときみは多分勿体つけて「読み賃をくれ」というかもしれない。そんなときのきみの得意そうな笑顔が思いうかぶ。
 いまは午前三時。
 一仕事すんだところ。お茶をのみたいと思うが今からじゃもう無理だ。きみは夢を見ているだろうか。明日のラジオ関東のディスクジョッキーのことかな、などと思ってみる。するとつまらないことが気になってくる。きみの前に好きだった人というのは一体誰だろう。本当にもう忘れることができただろうか。ぼくはもっときみのことを知らなければいけない、と思う。何もかもが知ったようで何も知らないような気もする。多分きみだってそうにちがいない。

 ここまでかいて煙草を一服つけた。洋モクが売店で売っているので買ったやつ。さてぼくは一九三六年一月生れ。こんなことかいてもつまらないな。きみは市役所の戸籍係りではないからな。きみは一体ぼくの何を知りたいと思っているのだろうか。

 ぼくはきみに何か名をつけようと思ったことがある。他人なみの呼び名でない名をつけてよぶとしたら何がいいだろう。そしていろんなドーブツできみに似たものをさがしたり苗字を分解したりして苦心したが思いつかなかった。
 ホテルで、ぼくがロビィから帰ってきたとき、きみは寝たふりをしていた。あのとききみをかわいいと思った。かわいい、なんてかいて一寸てれくさい。ここで煙草をもう一本のむことにする。

 これから先、きみとぼくはどうなるのか。五年先、きみは何をしているだろうか。きみは何をしていてぼくは何をしているだろうか。きみはやっぱり翌日のサツエイのことを思いながら一人で眠っているだろうか、それともぼくと一緒にどこか新しい家に住んで、庭に植えたアヤシゲな花の名前など気にしているだろうか。きみは二年で映画をやめるといったが、それはぼくのために言ってくれたのだろうか。
 眠くもないのに頭の中に ? こんなシルシが一杯ぐるぐるまわりだす。わからないことがいっぱいある。ぼくたちはある一日まで、二人の交際についてかくせるだけかくしたほうがいいか、それともふつうに開放的にした方がいいか。そして一体、その「ある一日」なんてやってくるのだろうか。
 やってこないなら来させなければいけない、とぼくは思う。もうはなさない、と思う。

 だんだん手紙の文章がへんになってきたかもしれない。

 逢いたい。ほんの寸暇にでも一寸口げんかをする時間でもいい。きみを成長させたい、と思う。身長はこれ以上のびたら困るけど・・・とにかくきみをぼくは好きだ。・・・

 きみはスイトンが作れるだろうか。ぼくはスイトンが好きだ。

 ところで・・・たまには、寝る前ぐらいに走りがきでもして手紙を下さい。ぼくはきみみたいに貰った手紙をそのへんに捨てていったりせず、大切にしまっておくことにしている。なあんて、一寸いや味を言ってみたり・・・。ずい分女性的な手紙になったが、これは夜がワルイのだし、それにきみの手紙は大抵男性的だから丁度いい、と思う。

 あさってはまた逢える。
 あすぼくは床屋にいこう。一日ゆっくり二人きりですごせたらどんなにいいだろう。

 しからば。

映子様

修司



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